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2008年度後期木曜ゼミ_その2

現在私たちは、Richard Taruskin による著書『Stravinsky and the Russian Traditions: A Biography of the Works through Mavra』の第5章「Bells, Bees, and Roma Candles」を読んでいます。

この章の本論部分では、ストラヴィンスキーの初期作品である《幻想的スケルツォ Op.3》が取り上げられています。ただし、本論の詳しい分析に立ち入る前に、序論として作品についての予備知識が述べられています。それは大きくざっくり言うと、次の2点になります。

1.中期以降の作品とは異なり、《幻想的スケルツォ》や《交響的幻想曲〈花火〉 Op.4》のようなストラヴィンスキーの初期作品が、同時代のフランス音楽の影響下にあるということは、当時の彼の周辺状況からして考えにくい。むしろリムスキー=コルサコフを始めとするロシア音楽の流れに作品を位置づけるべきである。

2.《幻想的スケルツォ》はメーテルリンクの文学作品《蜜蜂の生活 La Vie des Abeilles》を創作上のモデルにしている。ただし、権利問題を始めとする幾つかの懸念があったため、そのような標題をストラヴィンスキー自身が公表することは無かった。

そのほか、ストラヴィンスキーの同僚の話や、前回にも書いた「ストラヴィンスキーの元ネタがラヴェルと思いきや実はリムスキー=コルサコフ」の話が、序論部分に書いてあります。

さて、前回のゼミでは、《幻想的スケルツォ》のCDを全員で鑑賞しました。上記の予備知識によって「蜂」のイメージがすり込まれているせいか、蜂の音楽にしか聞こえない、という柿沼教授の意見に全員が同意していました。それは少しばかりの寒気と恐怖を呼び起こす音楽でもあります。

この管弦楽作品がなぜ「蜂」らしく聞こえるかというと、やはり「蜂」を意識した作りになっているからです。たとえば、高速でうねるようなストリングスの音群が羽音を連想させたり、打楽器を欠いた独特の軽い楽器編成が「飛行」や「浮遊感」を想起させる、といった具合です。

第5章の本論では、このような《幻想的スケルツォ》の特性を入口として、楽曲についての分析的考察が行われます。それについては、次回以降に書いていく予定です。
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